素晴らしき日々を

KMと申します。オナ禁✖自己改善で人生に輝きを!!

誰がために「学」はある?

 こんにちは。KMです。

 今日は教育上で習う勉強の意味について考えてみたいと思います。

 

kotobaoukoku.hatenadiary.jp

  以前も大学入試センター試験についての記事を挙げましたが、教育上で習う勉強の意味は何でしょうか。これはセンター試験に限らず、大学独自の試験、公務員試験、SPIなど、様々な形となって、腕試しする場面が出てきますが、これらを突破することが本来の教育のあるべき姿なのでしょうか。

 

①これらを突破することを目的とせざるを得ない状況

 そもそも、日本においては、これらが人生を左右する場合が少なくありません。よく欧米では、「大学を卒業するのが難しい」、日本では、「大学に入学するのが難しい」と言います。恐らく、欧米の大学は、「来る者拒まず」というような精神でやっているのかもしれませんが、日本の大学では定員をあらかじめ定め、それよりも多いと、どうしても志望人数を減らさざるをえないのです。

 また、筆記試験という足切りを越えなければ、ほとんどの企業・公務員の職に就くことができません。

 誰もがプロ野球選手になれるわけではないですし、誰もが東大生になれるわけではありません。しかし、そこにしか価値がないのかというと、そうではありません。プロ野球選手じゃなくても、大卒じゃなくても活躍する人はたくさんいます。

田中角栄元首相は、小学校が最終学歴です。)

 

②しかし、合理的なシステム

 しかし、センター試験をはじめとしたこの試験システムは、メリットもあります。

 

○画一的な試験により、平等に能力を測ることができる←?

○上位から順番に合格なので、単純に定員に満たない人たちを切ることができる。

○使いまわしが効く。(勉強していない人には解けない仕組み)

○情報処理能力を鍛えることができる。

 

?を設けたのは、この分野が苦手な人にとっては平等とはいいがたい面があるからです。デメリットとしては、

 

○筆記試験では測れない素晴らしい能力を持った人を不合格にする可能性がある。

○基本的に一発勝負なので、不合格だとまた1年後、ということになる。

○画一的な試験により、似たタイプの人間が合格してしまう可能性がある。

 

等があります。一応、今のところ大した問題にはなっていないと思いますし、少子化の影響で、大学も入学者激減が予想されます。また、今後数年の間に大学入試センター試験も内容が変わります。

 試験突破という目的のためだけに勉強するのだとすれば、これほど悲しいことはありません。僕自身も、教育上で学んだ知識が、実社会でどう役に立つのかを模索していきたいと思います。