素晴らしき日々を

KMと申します。オナ禁✖自己改善で人生に輝きを!!

【150日】孤独を好むようになる。 ~累計10万アクセス達成~

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オナ禁150日です。

 

最近の変化として、

「孤独を好むようになった」

のが一番大きいと感じている。

オナ猿時の僕は、むやみやたらに声をかけ、

食事に行こうだの、遊ぼうだの、

友人との繋がりを持てていないと感じると不安になるくらい小心者だった。

特に長期休みはその傾向が顕著で、友達が遊べない日、彼女に振られた後などは、

寂しさを紛らわすためにオナニーに耽っていた。

 

最近は孤独が楽しい。この上なく。

(もちろんオナニーはしない。笑)

「寂しい人間だ」という声が聞こえてきそうだが、

もはや他人にどう思われようがどうでもいい。

もちろん、友達と遊ぶのも楽しいのだが、

基本的に群れるのをやめた。

群れていると、群れた分だけ成長しないと感じるからだ。

いつも同じメンバーと、同じ話をするのも、

悪くはないのだが。

人と会う際、時間を空けて会った方が、

お互いに情報や新しい経験を蓄積していて、会話が弾む。

 

基本的には、惰性で連れ添っても、時間の無駄ということに気づいた。

惰性で連れ添うと、相手に対する扱いが雑になる。

つまり、いつも惰性で連れ添うというのは、

相手の時間も無駄にしている(雑に扱っている)ということであり、

相手にも失礼な行為だ。

(時間を無駄にするということは、命を無駄にするということに同じ。

もちろん、惰性であっても、素をさらし合えるかけがえのない友人ならいいと思う。)

 

 

大人数で行動すればするほど、人の動きは鈍くなるし、

人の数だけ無駄にする時間も大きくなると感じている。

(出会いや人脈作り等を目的とするのであれば、大人数と接するのは無駄な時間にはならないかもしれないが、特別仲がいいわけでもない人付き合いであれば、やめた方がいいと感じている。)

 

孤独の何が楽しいかと言うと、

自由だ。

何をするにしてもスケジュールを自分で組み立てることができる。

時間を無駄にしても、自己責任。

その上で、会うべき人を選択していく。

 

傲慢に見えるだろうか。

だが、

「ネガティブなことばかり言う人とは距離を置きたい。でも、誘われたら断れない」

というような、本音で生きることのできない人の方が、

最終的に、自分の気持ちに正直になれないまま人生を終えるのだと思う。

もちろん、法律などの最低限のルール、モラルは守る必要があるが、

世間体を気にしている場合ではない。

 

 

これまで僕はずっと、自分のことを「寂しがり屋」だと思っていた。

 

しかし、オナ禁✖自己改善を通じて、

物事に対する考え方が大きく変わっている。

 

今や孤独を愛するようになってしまった。

これが良いことなのか、悪いことなのかは分からない。

賛否両論もあると思う。

 

それでも、今は自分が一番楽しいと思える、

「孤独の時間」を精一杯楽しもうと思う。

寂しくなったら、また人に会いに行けばいいのだから。

 

 

 

追記

この度、アクセス数で10万を突破しました。

どこまで行けるか分かりませんが、

ブログを楽しみつつ、就職先を決めたいと思います!

ちなみに、アクセス数で10万という数字は、今年の目標ノートに掲げていた目標の一つだったので、達成感があります。笑

次は100万目指していきたいと思います。

kotobaoukoku.hatenadiary.jp

1万から約3か月でここまでこれたのは、

読者の皆様のおかげだと思います。

今後とも宜しくお願い致します。

KMより。